こんなシーンがある。ラスティが劇中、授業を受けているときにふと書棚を見上げると、その上ににダイアン・レイン扮するパティが横たわっていて、意味深にコートの前をはだけて太ももをチラリと見せる。そして今度はブラとショーツだけでラスティを誘惑しているかのように…勿論、ラスティの幻想のシーンなのだが、この描写が巧く、男子なら誰でもが頷く、誰しも経験のある見事なシーンなのだ。そう、我々男子がだ!
このシーンを観ると不思議にも昔の我が青き中学生の初夏にスリップしてしまう。作品は高校生の物語なのにもかかわらず、自分自身の中学生時代に…。理由は分からないし、説明出来ない。
そう、中2の初夏だ。この時期、男子も女子も自分自身の生き方、趣味や遊び、異性の好みなどを少しずつ身に付けていく。しかしながら我々男子のほうが、女子よりもそのスピードがやや速かったように感じる(あくまでも当時)。背がグングン伸び、喉仏に薄い髭。そして有名な小説を引用するなら「…見た刹那、私の全存在は、或る異教的な歓喜に押しゆるがされた。私の血液は奔騰し…憤怒の色をたたえた。…私の無知をなじり…それはめくるめく…」と男子は少しばかり、異性に対する思いが変化していく。
初夏は夏服となり皆、半袖だ。そんな時、隣の女子のブラウスの脇から、「それ」がこぼれるように見えた時の言い様のない感動は、「眼が一瞬、眩しい」の一言だった。その「白さ」は、マルチーズの毛並みよりも白く、習字の半紙よりも輝きを放ち、ニュー・ビーズで洗った洗濯物よりも「純白」であった。
そんな初夏のある時期、学校中の話題の時期が来た。そう、この時期は「教育実習の先生」が来る時期なのだ。しかも女子の先生である。この中2の時は、二人の先生がクラス中、いや学校中の話題をさらっていた。
まずは「国語・古典」の先生だ。容姿はスラリと伸びた肢体。細くしなやかであり、ノーブルなフェイスにふわりとカールしたその髪は、初夏の風に踊る。少し高いヒールで歩くその姿は、優雅でありモデルのように自信に満ち溢れていた。その先生が、我々に背を向けて黒板に「私の名前は」としなやかな指でチョークを走らせた瞬間、我々男子の間から「うおおお」と歓声が上がった。先生の背中はしなやかに曲線を描き、背中から腰に描くなめらかなカーブは『鈴鹿サーキット』のようでもあり、しかしパープルのブラウスは極端に薄く、やぶれそうでもあり…そう、「完全にブラが透けていた」のである!しかも腰にはタイトなスカートである。こんな姿に我々13歳程度は「たまりまへん!」だったのである。この先生、いつも薄いブラウスの透け状態であった。我々男子は文字通り「硬直」であった。この為か数名の男子が「爆死」した。そしてクラス一、いや校内一の秀才クンが、やられてしまった。
「僕、勉強が出来なくなったよう。誰かが僕の体に盆栽を植え込んだよう!」 とオカンに漏らしたらしい。
可哀そうに、「北野に行って京大に入る。」という彼の人生設計が揺らいだのがこの時期であった。
ちなみにこの先生、よくチョークを折り、「ゴメンね!」と屈むのでどれだけ前の席に代わりたいと思ったことか。でも女子の間では「あの先生、ワザと見せてる!」とよく言われていた。我々男子は「さすが女子の眼は鋭い。」と学んだのであった。
…先生はso sexyだった…
もう一人は英語の先生だ。国語の先生とは違い、150cmほどの小柄で、ルックスはといえば大きな瞳は完全にタレ目で高い鼻、笑うとこぼれる八重歯、とまるでアイドルシンガーのようだった。その小さな体で「私の名前は」と黒板に書き始めるとクラス中から笑いが漏れた。字が滅茶苦茶汚いし、名前が少し笑ってしまう名前であった。
しかし授業は、彼女のコンサートのようだった。 「さぁーみんなで読んでみて!はう・どぅー・ゆー・らいく…」 「これを訳すとなんて言うのかなぁー!」 「さぁー、○○君、言おうか!」 勿論、そのキュートさに「え、え、あの」と純朴な13歳はあきませぬ。
そして 「この発音はね、舌を噛んでね、イタっ!先生、噛んじゃった。」
…男子全員、「はぅぅぅ!」と悶絶死。
そんな先生宅に我々男子三人は遊びに行く事となった(勿論、教職課程を終えてから)。
我々の居住区から割と先生宅は近く、お昼頃に伺うと「冷やし中華をご馳走したげるね!」と台所に立つ先生。我々は初めて異性の、しかも「年上のひと」の部屋にお邪魔しているので軽い緊張感が流れている。それでも我々はその部屋に「たんす」がある事に気づいた。
「…開けようか?」 と一人が呟いた。 「そ、それはグッド・アイデアだね!」 と一同。 我々は息を押し殺し、その引出しに手をかけた。我々の頭にはジョン・ウィリアムスの『未知との遭遇』のテーマが鳴り響き、遂に「人類の第三種接近遭遇」の時が来た!我々のその時の顔は、「親にも見せられない、まるで鶴光の形相」であった!一番下の引き出しで見事にヒット、我々の前に眩しい光が差し込んだ。その光景は人生の中でも最高に眩しく、感動を覚えた。「それ」はまるでそれぞれに生命が宿っているかのように息づいており、理路整然と列を作り、あんなにも小さく折りたたんである事に、我々は驚愕の声を漏らした。
あまりの眩しさと可愛さに包まれたこの光景は、まるで幼稚園の時、夜店で遭遇したピヨピヨと鳴く「ヒヨコの箱」を我々は脳裏に浮かべた。この時代、ケータイ・カメラなんて存在しない時代。我々は個々の頭にその姿を焼き付けた上、手を合わせて別離の時を迎えたのである。「グッバイ、ラブリー・フレンド」と。
…宇宙にいるのは、我々だけではない…
そして先生の食事を頂き、悲しみの帰路に着こうとした時、先生の書棚にどおくまんの『嗚呼、花の応援団』の全巻が辞書と一緒に並べられているのを見た我々はさらに涙が溢れたのだ。
…先生はso cuteだった… |