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Goodfellas House Choose One!

ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...

トランス 愛の晩餐
 
監督   ポール・ブリックマン
 
監督   リドリー・スコット
主演 トム・クルーズ
音楽 作曲・演奏 タンジェリン・ドリーム

 

 ボク、シカゴの高校三年生のジョエル、17歳。
 結構、お金持ちの一人っ子。
 一流大学に入るのが夢。
 でも最近、いつも同じ幻想的な夢を見る。
 湯気でもうもうのシャワールームでそっと微笑む全裸の美女。
 そして大学入試試験に遅刻するボク…
 いつも同じ夢…
 なぜ??
 …いつも牛乳タンク、満タンのせい?

 

 そんな時、両親が旅行に出かけた!
 ひゃっほう!数日間、一人きり!
 いつも出来なかった事をやれる!
 まず大音量で一人カラオケ!
 デラべっぴん、スコラのグラビアを部屋に散りばめる!
 友達からもらった秘蔵のアネット・ヘブン、ダニエルのビデオをパートナーにして関西電力の自家発電!

 

 ちっちぇ!情ねえ!ボクはこんな男なのか!と軽く落ち込んだが、ボブ・シーガーの歌声に勇気を貰ったボクは、あるトコに電話した!
 「あー、もしもし?出前をお願いします!」
 もちろんピザの出前じゃないよ!
 コールガールのデリバリーなのさ!
 でも2時間待っても来ない!
 催促の電話をすると「あー、今出ましたけど!」って近所のソバ屋かってーの!
 ようやく待ちくたびれてふて寝しようかと思うと来ましたよ!すんごい美女が!
 しかも憧れの女優、ボクの夜の恋人のトレイシー・ローズそっくりの美女!
 「用意はよくて、坊や?」の甘い声に理性がショートするボク!
 部屋のあらゆる場所でアレやコレやの深夜の体育の時間!
 BGMはタンジェリン・ドリーム!
 夢のような時間はあっという間に過ぎて朝になると美女は代金を請求した。
 でもそんな大金、払えないよー!とパニックになるボク。
 しかも美女はボクが学校に行ってる間にママが大事にしてる骨董品を盗んで逃げた。

 

 なんとかして彼女の居所を掴んで骨董品を返してもらうも、今度は彼女のヒモが「ただ乗りしやがって!」と追いかけてきたから大変!
 なんとか逃げ切ると彼女はボクにこんな提案をしてきた。
 「ねえ、ひと稼ぎしない?」
 その提案とは彼女のコールガール仲間にボクの金持ちの友人達を客として紹介して一晩荒稼ぎするというリスキー・ビジネス
 ためらうボクも半ば強迫されてその危険なビジネスに乗ることにした。
 そしてビジネスは大成功。
 ところが客の中にボクの希望する大学のスカウトマンもいた!
 これでボクの未来は?

 
 

 

 …でも大学は喜んでボクを向かい入れると返事してきた。
 しかも彼女はボクの恋人になってくれると言うじゃないか!
 そして旅行から帰って来た両親もボクの危険な仕事のことなんか知りもしない。
 …そう、ボクはこの数日間で本物の男になった!
 人生ってサイコー!

 

 時空を超えた宇宙?
 ここは一体どこ?
 この大自然に暮らすボクは野性の美少年・ジャック
 この楽園に住む鳥や動物と話せる特技を持つボク。

 でもある日、暗闇を支配する魔王汚れを知らない清楚な王女リリーを妃にしたいと誘拐してしまった。
 魔王は太陽を恐れて、太陽を永遠に消してしまおうと邪悪な野望にも燃えていた…

 

 と、世の中のどえらい事を知らずに森で昼寝をしていたボクを叩き起こしたのは森の妖精だった。
 「キミは王女を助けなきゃ!魔王も倒さなきゃ!」と説得され
 「えー?めんどくせー!」と思いつつも鬼退治に出かけたボク。
 お供はブリキの太鼓を持つ少年ブタの鼻を持つ妖精羽の生えた不思議ちゃんというヘンテコ集団。
 道中、沼から出てきた妖怪と遭遇したり、はて、どこかで見たようなユニコーンと出遭ったりしながらも魔王の元へまっしぐら!のボク。

 

 ようやく魔王の元へ到着!
 まず妃のアイドル・フェイスに一目ぼれ!
 まるでこれから一曲、歌います!みたいなドレスに胸キュン!
 俄然、ファイトの湧くボクは魔王に決闘を申し込んだ。
 でも馬鹿でかい魔王にかないっこないよ!と投げ飛ばされてしまうボク!
 「えーい、このまま逃げたれ!」と逃亡しようとした瞬間、ユニコーンが助けに来てくれた!
 そしてボクはなんとユニコーンを投げ飛ばして魔王の腹に突き刺した。
 断末魔の叫びをあげて死んでゆく魔王。
 でもユニコーンは「…なんで投げるの…」とボクを恨んでいたけど…

 

 

 そして楽園には平和が訪れた。
 ブリキの太鼓の少年はボクにこう告げた。
 「お達者で。ボクはこれからフランスの片田舎に行きます。母が待っているので。」
 そんな妖精達が最後の宴を用意してくれた。
 勿論、ボクの傍にはあの清楚な王女が微笑んでいる。
 …そうボクはこの戦いを終えて本物の男になった!
 でもユニコーン、ゴメンな!

 
 1970年にアルバム・デビューを果たしたドイツのシンセサイザーの魔術師集団のタンジェリン・ドリームは、結成から40年以上にも及ぶキャリアを誇る。
 リーダーのエドガー・フローゼ以外は数々のメンバー・チェンジを行いながらも、現在もレコーディングやライブ活動を行っている。
 現在はすっかりメインストリームのサウンドトラックからは遠ざかってはいるものの、彼らは確かに1980年代は本来のレコーディング・アルバム活動よりも数々の映画音楽を黙々とシンセサイザーで奏でていた。
 そんな彼らのサウンドトラック・バンドとしての位置を確定したのが1983年の『卒業白書』であろう。
 『卒業白書』の監督ポール・ブリックマンは、1981年に『ザ・クラッカー 真夜中のアウトロー』のサウンドトラックにすっかりと耳を奪われた。
 そして数々のタンジェリン・ドリームのアルバムを聴きまくり彼らのファンとなってしまう。
 闇夜に幻想的に鳴り響くシンセサイザーの音色に魅せられたブリックマンは誓う。
 「自分の初監督作品の音楽は絶対にタンジェリン・ドリームに依頼しよう。」
 そして彼の初監督作品の製作を担当していたジョン・アヴネットもその案に賛成した。
 

 一見、ただの青春映画にも思える『卒業白書』だが映像とストーリは暗くそして闇夜の幻想的な映像が満載のこの作品には、タンジェリン・ドリームの音楽がどうしても必要だった。
 映画自体の製作は当時、レコード会社でもあるGEFFEN
 最高責任者のデヴィッド・ゲフィンも自社のアーティストを起用するよりもブリックマンらの提案を受け入れてブリックマン、アヴネットらをベルリンのタンジェリン・ドリームのレコーディング・スタジオに同行を許可した。

 

 当初、言葉の壁等でどうしてもブリックマンらの希望する音楽が出来ず、あげくにはブリックマンが彼らのアルバムの曲を聴かせて「こんな感じで!」と要請。
 そこで万事休す!と思われたがブリックマンらがベルリンを離れる時に皆が納得出来る音楽が完成した。
 幻想的で不思議なリズムとシンセサイザーの音色が、この作品を不思議な世界に誘い、まるで実は淡い夢の世界の物語だったのか?と思わせるのはタンジェリン・ドリームの音楽があってこそである。
 劇中にはタンジェリン・ドリームのアルバム『FORCE MAJEURE』『TANGRAM』からのナンバーや『EXIT』からも引用され、正にタンジェリン・ドリームの魅力を世界に轟かせた。

 
 

 「レ、レジェンドの音楽はジェリー・ゴールドスミスでしょうが!」眉間にシワを寄せて叫ぶ貴方。
 決して間違いではない。
 貴方は正しい。
 だって『レジェンド 光と闇の伝説』のスコアをジェリー・ゴールドスミスに依頼したのは、監督のリドリー・スコット本人なのだから!
 1985年、『レジェンド』は20世紀FOX配給にてイギリス・フランスを初めとするヨーロッパ各国で公開されたが、興業も批評も芳しくなく失敗作の烙印を押されてしまう。
 翌1986年のアメリカの配給元ユニバーサルは作品の再編集と、印象を変える為にスコアを全て入れ替える事を決定。
 作品の製作者のアーノン・ミルチャンもその考えも飲む。
 そしてここで重要なのが監督のスコットが
 「ジェリーのスコアを入れ替えるのなら私の名前をアラン・スミシーにしてくれ!」
叫ばなかったこと。
 このアーノン・ミルチャンという男、セルジオ・レオーネ『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』('84)を切り刻んだといういわく付きの人間である。
 かくしてこの大作を絶対に失敗出来ない二人の全米公開版のスコアを任されたのがタンジェリン・ドリームだったのだ。

 
 

 スコットの前作『ブレードランナー』('82)のスコアがカルト人気となったシンセサイザーの鬼才ヴァンゲリスならば、同様にシンセサイザーの大物を起用しようと考えたのはユニバーサルだったのか?
 それでもタンジェリン・ドリームは本来の彼らの音作りとは完璧に異なるこの雄大なおとぎ話にナチュラルな夢物語的なスコアを生み出す。
 しかもジェリー・ゴールドスミスの生み出したオリジナル版のムードに限りなく近いスコアでもあった。
 タンジェリン・ドリーム版を拒否していたゴールドスミス派も好奇心からこのタンジェリン・ドリーム版を聴くと「思ったよりいい!」と皆、異口同音に叫んだ。
 鬼っ子のようなタンジェリン・ドリーム版もこうして認められたのだった。

 あの1980年代から月日が流れた現在もトム・クルーズは振り返って言う。
 「とにかくタンジェリン・ドリームの音楽が素晴らしかったよ!」

 1983年『卒業白書』はR指定にもかかわらず7週連続トップを独走する大ヒット作となった。
 しかし不思議な事に、レコード会社が製作の作品であるにもかかわらずサウンドトラック・アルバムがリリースされていない。
  この時代、サウンドトラック・アルバムは公開前にはリリースされ、ガンガン主題歌がMTVに流れて売りまくる!というのは当たり前であった。
  同年の『フラッシュダンス』がいい例である。
  当然、観客の中心であるティーンエイジャー達は「What's Going on? What is that? What f**k is that?!」と叫ぶも、遂にアメリカではサウンドトラック・アルバムはリリースされなかった。
 そんな事態を見守っていたのは監督のポール・ブリックマンだった。
 「待っててや!もうすぐやで!」と。

 
 そんなブリックマンの想い通りに、1984年に入りイギリスをはじめとするヨーロッパ公開に合わせて英国VIRGINより待望のサウンドトラック・アルバムがリリースされた。
 タンジェリン・ドリームのスコア5曲に印象的に使用された既製アーティストのナンバー6曲の全11曲入りアルバム。
 選曲はブリックマン、アルバム・プロデュースはジョン・アヴネットとブリックマン。
 なぜアメリカでリリースされなかったかというとブリックマンがこだわったアーティストの契約関係がその理由である。
 最終的にアルバムに収録されているのはプリンスフィル・コリンズジャーニージェフ・べック、そしてタンジェリン・ドリーム
 それでも劇中に流れるトーキング・ヘッズポリスブルース・スプリングスティーンはオミットされた。
 このアルバムはイギリスは勿論、ドイツ、フランス、ニュージーランド、イスラエル等でリリースされベストセラーを記録(日本ではボブ・シーガーのシングルのみリリース)
 
 

 CD化も早くに行われたが、CDにはタンジェリン・ドリームの2曲「The Dream is Always Same」「Love on Real Train」はリミックス・ヴァージョンで収録。
 オリジナル・ヴァージョンは未だにLPでしか聴けない!とややこしい。

 

 『レジェンド 光と闇の伝説』はタンジェリン・ドリーム自身のプロデュースで11曲入りでMCAよりリリース。
 1曲のみMTV世代向けにブライアン・フェリーの歌を収録。
 この曲はヴィデオ・クリップで当時よく放送されたいい曲だが、映画自体のトーンには合わないだろう。
 もちろん、この曲にはタンジェリン・ドリームは関わっていない。

 
 でもこの作品のハイライトは「Loved by The Sun」だろう!
 この曲、タンジェリン・ドリームの作曲、演奏を従えて歌うのはイエスのジョン・アンダーソン
 アンダーソンはヴァンゲリスとの活動も有名だが、ここでは2大シンセサイザーの巨匠との邂逅を果たし、そしてこの作品だからこそ実現したプログレッシヴ・ロック・マニアが涙する名曲となった。

 CDは1990年代に入ってからVARESEよりリリース、その後に曲を増やした様々なCDがマニア向けにリリースされており、世界のタンジェリン・ドリーム・マニアの喉の渇きを癒している。

 
 
 2000年代に入ってからも、タンジェリン・ドリームは自身のコンサートで必ず「Love on Real Train」「Loved by The Sun」の2曲を演奏。
 2009年、日本は伊豆でライブを行った時もこの2曲は演奏されていた。
 時空を超えた名曲となっているのだ。
 

 1980年代、「映画音楽はオーケストラもの、シンフォニックで奏でられなければ!」と叫んでいたそんな純潔主義のリスナーが、どんなに耳を塞ごうとも聴こえてくるエリクトリックなシンセサイザー。
  いつ頃からだろうか?
  そんな電子音楽が聴こえてきたのは…

 

 一般にこの手の音楽のはしりと言われている『時計じかけのオレンジ』('71)でウォルター・カルロスが聴かせたシンセサイザーは未だ機械的で人間味はなかったが、それでもどちらかと言えばクラシックなオーケストラを好むバーナード・ハーマン『悪魔のシスター』('74)、ジェリー・ゴールドスミス『ザ・ファミリー』('74)でシンセサイザーを取り入れて驚かせた。
  そしてミュンヘンの魔術師、ジョルジオ・モロダー『ミッドナイト・エクスプレス』('78)で世間的にもシンセサイザー一色の音作りは認知されたかも知れない。

 

 チープなホラー映画でもそんなシンセサイザーのサウンドトラックはどんどんと取り入れられ、我々も慣れ親しんで来た。
 しかし未だどこか機械的で非人間的な音作りが多かった。
 例えばフランスのジャン・ミシェル・ジャール『燃えつきた納屋』('74)は聴き手を選ぶ電子音、前衛音楽の極みでもあった。
 1980年代に入りジャン・ミシェルの父、モーリス・ジャールは人が変わったようにシンセサイザーでサウンドトラックを染め上げていった。
 『危険な年』('82)なんて誰もがジャールの音とは思わないエキゾチックなシンセサイザーの環境音楽。
 『刑事ジョン・ブック 目撃者』('85)、『ドリーム・スケープ』('86)、『危険な情事』('87)等、別人のようなエレクトリック・ミュージックを聴かせて我々をさらに驚かせた。

 

  この頃、シンセサイザーもあらかじめコンピューターにプログラミングされ、キーボードを弾くと軽くオーケストラの音も出せるようになっていたのだ。
 さらにジェリー・ゴールドスミス『勝利への旅立ち』('86)でフレッシュなシンセサイザーを聴かせて旋風を巻き起こし、アラン・シルベストリもうって変わって『ノーマーシィ 非情の愛』('87)、『プレデター』('88)でも積極的にシンセサイザー・スコアで耳を奪わせることに成功している。
 勿論、1980年代はタンジェリン・ドリーム、ヴァンゲリスの二大巨頭に加え、リック・ウェイクマン、ジェネシスのピーター・ガブリエルトニー・バンクスや、クラウス・シュルツコリン・タウンズ等、プログレシッヴ・ロック界のアーティストもサウンドトラックに打ち込んでいた。
 そして80年代の終わりに彼らのバトンを受け継いだのが、ハンス・ジマーだろうか。

 

 1970年代、ベルリン滞在時にタンジェリン・ドリームのエドガー・フローゼにシンセサイザーのレクチャーを受けたのがあのデヴィッド・ボウイ。
 そんな同じドイツ人でもあるハンス・ジマーもタンジェリン・ドリームを意識したのは間違いない。
 1980年代という時代がタンジェリン・ドリームを必要とし、エレクトリックなシンセサイザーを求め、また、彼らもその時代に応えたのである。