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Goodfellas House Choose One!

ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...

Klute: コールガール
監督   アラン・J・パクラ
主演 ジェーン・フォンダ
ドナルド・サザーランド
音楽 マイケル・スモール
Klute

 …ダウンタウンのざわめき…
 …街の女…
 …光のカクテル…
 …濡れたアスファルト…
 …けだるいジャズの吐息…
 …ニューヨークの夜がひそやかな何かをはらんで、いま、明けゆく…
 …恐れるな…

 

 

 ペンシルバニアにある小さな町からグルンマンという科学者が突然行方不明となり数ヶ月が経過した。
 家庭も円満で温厚な彼には行方不明となる動機は全くない。
 警察の必死の捜査にもかかわらず、彼を発見出来ない。
 唯一の手がかりは彼がブリーという名のNYのコールガールに何度か卑猥な手紙を出していたという事実だった。
 彼の会社の重役は、彼とは幼馴染で警官のクルートを雇い、NYでの捜査を依頼した。

 
 

 NYへ飛んだクルートはブリーを捜し出し協力を求めたが彼女は協力を拒んだ。
 仕方なしにクルートはブリーの住む安アパートの階下を借り、密かにブリーの電話を盗聴、彼女の行動を開始する。
 電話の盗聴、尾行を通じてブリーという人間が少しずつ判明していく。

 A.ブリー・ダニエルズ。超売れっ子のコールガール。
 B.逮捕歴あり
 C.実は舞台女優を夢みているが生活の為にコールガールをしている。だがそれが実現不可能な夢だということが彼女自身が一番、よく分かっている。
 D.最近、真夜中の無言電話に怯えている。

 

 ブリーはクルートに一部始終を監視され盗聴されていることを知って怒るがクルートの執念には根負けした。
 そして彼女の客に女を殴りつけて性的に興奮する客が居た、ということを聞き出した。
 彼女もその被害にあっていたのだ。
 グルンマンがその客?
 クルートはブリーの手引きでコールガール仲間、ポン引きらに逢いその男の素性を調べ挙げていく。
 そんな最中にもブリーは誰かに狙われ始め、無言電話が頻度を増していく。
 そして彼女のコールガール仲間が二人も殺された!

 
 

 クルートの調べでは既にグルンマンは誰かに殺されていること、手紙は偽造で真犯人は何か知られてはいけない事で殺人を犯している事を突き止めた。
 次はブリーが殺される!
 クルートの予想は的中した。
 その真犯人は、昼と夜の顔を持ち堕落した倒錯的な変質者であり、クルートもよく知る人間だった!

 

 

 …悪夢のような出来事は終わった。
 ブリーは悪い想い出しかないNYを去ることにした。
 でも彼女は、心の奥底でまたNYに舞い戻ってしまうと感じている。
 そんな揺れ動く感情を振り切るかのように部屋を出るブリー。
 …でもそっと彼女は呟く…
 …来週には舞い戻ってしまうかも…

 マイケル・スモール。
 1970年代、シャープでソリッドなタッチで大都会の暗闇と人間の欲望をフィルム・スコアに刻み込んだ男。

 

 

 スモールのイメージは、70年代のラロ・シフリンデヴィッド・シャイアアーティ・ケイン辺りだろうか。
 ジェリー・シャッツバーグ『ルーという女』('70)でその都会的なセンスを買われてアラン・J・パクラの『コールガール』に抜擢されたスモールは、未だ30代前半の若手だった。
 幼い時からピアノの達人だったスモールは、その後もパクラとは『パララックス・ビュー』('74)、『カムズ・ホースマン』('78)、『華麗なる陰謀』('81)、『隣人』('92)等でコンビを組み、パクラ同様、硬派な監督ボブ・ラフェルソンにも愛され『郵便配達は二度ベルを鳴らす』('81)、『ブラック・ウィドー』('86)を担当。
 地味ながらも徹底したアンダー・スコアで作品をビターにそしてタイトに仕上げていく。
 そして『ナイト・ムーブス』('75)、『マラソン・マン』('77)、『ザ・ドライバー』('78)等で誰にも真似出来ない、スモールの世界を確立していた。

 

 ただし彼のような辛口のスコアは、決してコマーシャルなサウンドトラックとして商売にならず、そのほとんどが当時はリリースされていない。
 『コールガール』は発売中止、『ガールフレンド』('78)はプロモーション・プレスのみという具合に。
 本当にオフィシャルのサウンドトラックがリリースされたのは、『愛と野望のナイル』('89)が初めてであり、それ以前では1971年の『スポーツクラブ』マイナー・レーベルからほんの小規模でリリースされた位だ。
 そして『モブスターズ 青春の群像』('91)、『隣人』('92)がリリースされてようやく新たなファンを掴みかけたが、惜しくも2003年にスモールはこの世を去った。

 
 ところが皮肉にも彼の死後、コレクター向けの限定プレスCDとして続々と彼のスコアがリリースされていく。
 あの世でスモールは満面の笑みを浮かべているのか、それとも苦笑いか?
 昔からのスモールの熱心なファンは、満面の笑みを浮かべてはいるが…。
 

 

 そんなスモールの最高傑作は、『コールガール』だ。
 大都会・NYの冷たさ、恐ろしさを描いたこの作品で、スモールは恐怖感溢れる旋律をベースにジャズ、ロック、サイケデリック、ソウル、エキゾチックな民族音楽、そしてブルージーでメランコリックなけだるいテーマで大都会にうごめく男女の欲望、夢と希望、倦怠をそのスコアに詰め込んだ。
 スモールの『コールガール』のスコアは、恐ろしく、冷たく、そしてとてつもなく悲しい。

 オリジナル・サウンドトラック・アルバム = ワーナー・ブラザース・レコード

 …と『コールガール』のオリジナルUSA版ポスターにはクレジットされていたが、当時のワーナー・レコードはリリースを中止した!
 ワーナーは自社レーベルも持ち、サウンドトラックをリリースしていたのだが、ラロ・シフリンの『ブリット』('68)等は思った程アルバムが売れず、「大都会を舞台にしたアクション映画のスコアなんて商売にならない!」と考えたらしい。
 1971年、『コールガール』のリリースを中止にした上、ラロ・シフリンの『ダーティハリー』すらもリリースされていなかった。

 

 そして1977年、突如『コールガール』は、ほんの少数プレスでブートレッグ盤としてリリースされた。
 今でいう海賊盤、もしくはプライヴェート盤と呼べるが、この時期サウンドトラックのこのような形でのリリースはまだ珍しい時期だった。

 全18曲、音質はステレオで収録。
 最高の音質とは言えないがそう悪くはない。
 そしてレコード・ナンバーはWS1940。
 そう、本来正規版はこのナンバーでワーナーからリリースされる予定だった。
 つまりこのブートレッグ盤はそのワーナーのテスト・プレス盤をコピーしたものだったのだ。
 結局このブートレッグ盤は瞬く間に消え去り、コレクターズ・アイテム化した。

 

 1979年、イギリスのワーナー・レーベルが3つのテーマに沿って編集したワーナー映画・コンピレーション・アルバムをリリース。
 その1枚のラブ・テーマ編になんと『コールガール』から「ラブ・テーマ」のロング・ヴァージョンが収録されており、この編集盤がオフィシャルとしての初登場となり、静かな話題となる。
 1980年初頭にも日本でもリリースされ、この時期FMラジオでもオンエアされこの曲を知ったリスナーも多いだろう。

 

 そして1999年、イギリスの当時は未だマイナー・インディーズ・レーベルのHARKITからデジタル・マスタリングの高音質でLP&CDがいきなりのリリース。
 『コールガール』の音楽が、当時の70年代ラウンジ・クラブでプレイ出来る曲としてDJ感覚でリリースされたのだろうか。
 これは驚きの事件であった。
 ジャケットはアメリカでリリースされたレーザー・ディスクのジャケットをチープにコピーしたものだったので、またブートレッグの再リリースかと思われてこのHARKIT盤もあっという間に姿を消す。
 それでも当時のイギリスのショップは大量にこのLPを販売していたが。
 CDはさらに少数プレスの為、ほとんど目にすることはなかったが、2006年、HARKITはニュー・ジャケット・デザインにてスペシャル・コレクターズ・リミテッド・エディションとしてCDを再リリースした。

 

 

 この時に初めて『コールガール』を知ったファンも多いだろうこの時期、続々とマイケル・スモールの未リリース音源が世に出ていたのだ!
 さらに2008年、アメリカのFSMより29曲入りで決定盤CDをリリース。
 以前は未収録の新たに聴ける曲も豊富であり、そして再度デジタル・マスタリングされている!
 …が、今の感覚でマスタリングされているので多少、金属的な音質なのはいたしかないが…

 

 大都会の雑踏の夜にマッチする『コールガール』のサウンドトラック。
 名曲『Leaving The City - Love Theme』は聴けば聴く程、NYの夜の孤独を歌い上げている。
 この曲はバーナード・ハーマン『タクシー・ドライバー』('75)のテーマとよく似ており、ハーマンはもしかしたら『コールガール』をイメージしたのでは?と思わずにはいられない。
 ブリーもトラヴィスも孤独な都会の人間。
 彼らにはこんな寂しい曲がよく似合う。

 『コールガール』のサウンドトラック・アルバムは、大都会の生活に疲れた者の孤独を癒し続けている。
 それは今現在でも変わらない。

 「…別に…」
 どこかのきんぴらゴボウのような若き女優がこうのたまった。
 マスコミも彼女を「エ×カ様!」と崇めて呼び、それにつられて一般も彼女の自由奔放な行動、言動に振り回されたあげくに「若き硬派な女優」と評価した!

 …だが!そんな小娘なんかよりジェーン・フォンダ様の方が凄ぇぞ!
 ジェーンのその硬派ぶりとは…
 エ×カ様なんて小っちぇ、小っちぇ!

 

 (1)名優ヘンリー・フォンダの娘。

 (2)浮気を繰り返す父を嫌い、12歳の時、生みの母親が自殺(原因はヘンリーの度重なる浮気)

 (3)名門アクターズ・スタジオ入り。

 (4)25歳の時、父のことを「若造りして女にモテようとしているクソ野郎!」と言い放つ。その後父とは絶縁。

 

 (5)33歳の時、政治に目覚めて運動を開始後、逮捕。

 (6)1970年頃からベトナム反戦運動を同志と共に開始。

 (7)数々の反戦運動と逮捕の繰り返し。

 (8)ブラックパンサー支援運動アルカトラズに立て籠もったインディアンを支援

 (9)逮捕につぐ逮捕でしまいにゃ、FBI・CIAから監視される。

 

 (10)涙・鼻水垂らして熱演の『コールガール』でアカデミー主演女優賞受賞(役作りのために街角に立つ)。

 (11)空港で警官を殴り倒す。

 (12)ベトナム反戦運動で沖縄・フィリピンをも回る。しまいにゃアメリカ政府のブラック・リストに見事掲載(ニクソン大統領に真夜中に「かかってこいや!」といきなり電話する)。

  (13)『カムズ・ホースマン』撮影中、共演のジェームス・カーンを「サノバビッチ!」と罵倒し殴り倒す。

 (14)1979年のアカデミー授賞式でマイケル・チミノにガンを飛ばしてチミノを震え上がらせる。

 

 (15)1981年、父とも和解して父の為に『黄昏』を製作。見事、父は念願のオスカーを受賞。姉御っぷりを上げる。

 (16)1982年、45歳にしてレオタードに身を包み「ハイ!ハイ!ワタシと踊るのよ!痩せたくないの?!」とエアロビクス、ジャズダンスの女教祖に変身。美容とエクササイズのビデオ、本が世界でバカ売れ。周囲では「オバハン、やめなはれ!」の声もジェーンには届かず。

 (17)ここ数年、女優業を再開。共演のリンジー・ローハンジェニファー・ロペスが束で挑んでもかなわず。本気で彼女達をビビらせる(リンジー曰く「あのババア!くやしいけど本物!」)。

 

 

「なんてこった!
 ジェーンはアメリカのジャンヌ・ダルクになってしまった!
 俺はジャンヌ・ダルクと結婚した覚えはない!」

- ロジェ・ヴァディム(元亭主)

「いつの日か結婚制度が無くなると思う。
  (女性が)自分自身に確信が持てる時が来ればね。」

「ワタシは男になりたかった。
  …いえ、男にだけは負けたくなかった。」

- ジェーン・フォンダ