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Goodfellas House Choose One!

ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...

Klute: コールガール
監督   マイケル・チミノ
主演 ミッキー・ローク
ジョン・ローン
音楽

デヴィッド・マンスフィールド

Killing Fields, The

 

 俺、スタンリー・ホワイトは、ベトナムから帰って来た。
 ノー・モア・WARだって?
 Fuck You!
 ワン・モア・ベトナム戦争だぜ! Yeah!

 
 1975年、俺がサイゴンからアメリカに帰還した時はまだ二十歳そこそこだった。
 五体満足での帰還だったが、俺の愛するアメリカは負けを認めてしまった。
 クソっ!
 戦いに終わりはないってのに。
 俺はまだまだ戦えるぜ! 

 …そして時は流れて、今では俺はニューヨーク市警の刑事だ。
 歳は30半ばだが髪はもう真っ白だ。
 だが俺は、あのベトナム時代から時間が止まってしまっている。
 戦友のマイケルは今では鹿狩りの名手となったが、俺は戦いたいんだよ!
 何処でもいいから戦争をさせてくれ!
 そんな俺に辞令が下った。
 ニューヨークのチャイナタウン担当になった。
 こいつは面白いぜ。
 何でもこのチャイナタウンて所はえらく危険な地域で、何でもこの街を牛耳っている非合法集団の中国人どもがうごめいているらしい。
 ちょうどボスのジャッキー・ワンが何者かに暗殺されたばかりだからな。
 そうさ、俺はこの地区のチャイニーズ野郎どもを叩き潰す警部なんだ!

 
 

 早速、俺は奴らの組織本部の銀行のオフィスに早朝一番乗りで乗り込んでいった。
 そして言ってやったさ。
 「4千年の歴史の中華三昧なんざクソくらえ!アメリカは未だ200歳だぜ。てめえらの時計を合わせろや!」
 白いスーツでいかにも善人なサラリーマンでございってなここの連中だが、実は皆非合法組織な黒い連中ってのは既に調査済みだ。
 長門裕之みたいな長老の一人ハリー・ヤンは元香港の汚職警官で、このチャイナタウンで豪華なレストランも経営している。
 だが裏ではイタリアン・マフィアとツルんで麻薬を売りさばいてやがる。
 他にも杉浦直樹みたいな善人顔しているヤツも同様だ。
 俺はさらに飛ばしてやった。
 「これからは俺が法だ。逆らうと容赦しないからな!」とな。
 するとあいつら、俺に調子を合わせて
 「どーぞどーぞ警部さん。ワシらは皆、アンタの味方アルよ。協力するアルね。」
 なんてホザきやがった。
 だが、俺に逆らうヤツが一人居た。
 ジョーイ・タイって野郎だ。
 奴ら組織の若頭ってとこだ。
 俺は感じた。
 ヤツこそ俺のライバルであり、敵だ。
 ヤツこそベトナムそのものだ!
 …ぶっ潰す…!

 

 本部に戻った俺は上司に奴らの危険さを説明したが、時間の無駄だった。
 あげくには
 「チャイニーズ・マフィアなんて君の妄想だよ。チャイナタウンを空爆する気か?ここはベトナムじゃあるまいし!」
 俺は、
 「そうです!奴らはすぐ目の前に居ます!これはベトナムの再現です!」
 と力説してみたが徒労に終わった。
 (でも俺は密かにもしもの為にミスター・キルゴアに電話した)
 戦いにはきっかけが必要さ。
 真珠湾攻撃のように。

 
 

 

 俺は今一番ホットな中国系アメリカ人のテレビレポーター、トレーシーを戦いの駒に決めた。
 彼女が次々とテレビでチャイナタウンの闇をスッパ抜くってのが爆撃の第一歩だ。
 彼女とレストランで戦略会議の途中、突然何者かが襲撃してきやがった。
 あっという間にそこは戦場と化した。
 オモしれえ!
 これで戦争の始まりだぜ!

 
 実はこの襲撃も長老どもを追い出してチャイナタウンの利権を独占しようと企むジョーイの黒い野望だった。
 俺はジョーイの元に乗り込んで
 「お前のやっていることは全てお見通しだ!」
 とブチかましてやったが、ヤツは俺を買収しようとしやがった。
  …もう許さねえ…
 
 

 俺はポリスアカデミー出たての中国人の見習い小僧を奴らの本拠地に潜入させ、盗聴させた上に奴らの賭博場を襲撃させた。
 (ま、全部違法なんだけどな。文句あるか?)
 するとジョーイはチンピラを使って別居中の俺の妻を殺しやがった!
 ジョーイはタイに飛び、麻薬王のバン・スンと大きな取引をして今ではチャイナタウンのドンの座におさまり、さらに警告としてトレーシーをレイプしやがった!
 (この時、俺はマイケルとキルゴアに電話しかけたがグッと堪えた。これは俺のやり方でケリをつけるってな)
 ジョーイは、潜入刑事をも始末する非情さで俺を挑発してきた。
 しかしあの小僧は息を引き取る間際、掴んだ情報を俺に教えてくれたんだ。
 「…ジョーイは11号埠頭で麻薬の取引をします…船名は、カジミエ・プルキです…」
 …よくやったぜ、小僧…

 

 俺は愛銃のデザート・イーグルを片手に夜霧の埠頭に向かった。
 取引を終えて戻ろうとするヤツに向かって俺は吠えた。
 「ジョォォォォォーイッ!」
 逃げるヤツに向かって放たれたデザート・イーグルの銃声が、何発も夜霧にこだまする!

 

 まるでマフィアの大親分を思わせる容姿のイタリア人大プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスは、イタリア時代から監督・キャスティングは勿論、音楽にもうるさい親分だった。
 1960年代から製作した作品のスコアを担当した作曲家と言えば、ニーノ・ロータエンニオ・モリコーネピエロ・ピッチォーニリズ・オルトラーニらイタリアの大物たちがズラリと並ぶ。
 だが『バーバレラ』('68)では監督のロジェ・ヴァディムが希望したミシェル・マーニュの完成したスコアを抹殺し、もっとポップなチャールズ・フォックスに変更させる技も披露するほど、自作のスコアには己の道を通して来た。

 
 ニューヨークに拠点を移してからも『セルピコ』('73)ではシドニー・ルメットを脅してスコアを入れさせ、『狼よさらば』('74)ではハービー・ハンコックの起用に賛成。
 さらに『キング・コング』('76)はジョン・バリーを口説き落とすなど親分の底力を見せ付けてきた。
 1980年代に入ると60代になったラウレンティスはスコアの若返りのためかコマーシャルなアーティストを多く起用する事となる。
 クイーン『フラッシュ・ゴードン』('80)、ランディ・ニューマン『ラグ・タイム』('81)、TOTO『砂の惑星』('84)、タンジェリン・ドリーム『炎の少女チャーリー』('84)などがそうだ。
 勿論、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』でも「誰か東洋系のロック・ミュージシャンを探せ!いや『コナン・ザ・グレート』('82)のベイジル・ポルドゥリスならいいスコアを書くぞ!」と怒鳴ったが、監督のマイケル・チミノは、ただ静かに「デヴィッド・マンスフィールド以外は考えられない。」と答えたのだった。
 

 「俺の戦友、デヴィッドにスコアを任せるんだ。」とチミノは、60代後半の強面の親分の前でも怯まず、考えを曲げなかった。
 しかしチミノの才能を高く評価している親分は、意外なほどあっさりその要求を認めたのだった。
 「よろしい!君の希望ならな…」と。
 そして当時、若干20代後半のマンスフィールドが『天国の門』に続いて担当した映画音楽のスコアは、未だ2本目だがチミノ作品のヴァイオレンス美学が炸裂した大作を担当することとなった。

 

 チャイナタウンが舞台で中国人が大勢画面を支配するのなら、東洋的なスコアでエキゾチックな演出をするだろう、と通常は安易に考えてしまうが、チミノとマンスフィールドはそんな安っぽいスコアでお茶を濁すようなことはしない。
 メイン・タイトルこそ東洋的な打楽器がダイナミックに響く曲だが、この曲の作曲はLucia Hwongによるものだ。
 彼女はクラブ歌手として出演し、自ら歌も歌っている中国人女性のミュージシャン兼女優である。
 物語に入ると骨太なオーケストラやシンセサイザーによるホラー映画的な響きに加えて、ライトなフュージョン・タッチも聴かせている。
 特にタイの麻薬村のシーンのスケール感溢れるスコアは、のちのチミノ&マンスフィールドの『シシリアン』('87)のようだ。
 加えてあの『ディア・ハンター』('78)の名曲「Cavatina」「Sarabande」にそっくりなギター曲が流れる。
 さすがはチミノ!男泣きのメロディにはギターがよく似合う。
 マンスフィールドは『天国の門』同様にマイケル・チミノを感動させるスコアをここに堂々と完成させたのであった。

 1970年代後半、LAに誕生したサウンドトラック専門レーベルのVARESE SARABANDE
 ディストリビューターも持たず小さなマーケットの知る人ぞ知るマニアックなレーベルだった。
 発足当時はピノ・ドナッジォ『ピラニア』('78)、『デビルズ・ゾーン』('78)、フレッド・マイロー『ファンタズム』('79)等のB級ホラーのスコアがマニアに受けて好セールスを記録。
 さらにゴブリン『ゾンビ』('79)がベストセラーになり、メジャー・レーベルが無視したローレンス・ローゼンタール『ブラス・ターゲット』('79)、ミクロス・ローザ『悲愁』('79)などの渋いアート嗜好や、ジョルジュ・ドルリュー『リトル・ロマンス』('79)、『告白』('81)、そしてエンニオ・モリコーネ『華麗なる相続人』('79)、『アイランド』('80)等をもリリースした頃には数多くのフォロワーを生んでいた。
 80年代の半ばまだまだマイナー・レーベルのVARESEだったが、この時期他のメジャー・レーベルがサウンドトラックのスコアものを一斉に排除しだした時に発売したモーリス・ジャール『刑事ジョン・ブック 目撃者』('85)、ジェリー・ゴールドスミス『ランボー 怒りの脱出』('85)が凄まじい売り上げを叩き出し業界を驚かせた。
 そんなVARSEにとっての激動の1985年、サマー・シーズンに火山の爆発もかくやとリリースされたのが、デヴィッド・マンスフィールドの『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』だった。

 

 映画の配給元がMGMなので自社のMGMレーベルでリリースとは行かず、この時期はMGMレーベルは閉鎖されていた。
 そこでVARESEがリリースしたのは、快挙と言えるだろう。
 全15曲のサウンドトラック・アルバムは収録曲が全て劇中で使用されており、若干未収録曲があるもののほぼ満足の行くアルバムだ。
 悲しげなギターのメロディは改めて聴くと美しく心に染み入り、チミノ作品らしくあくまでスコアは必要最小限に鳴っているのがよく分かる。

 

 マンスフィールドは安易に東洋風なアレンジを全く施さずに、このチャイナタウンのヴァイオレンス・ドラマを、無国籍タッチの摩訶不思議な世界感で聴かせてくれる。
 未収録で惜しいのはスタンリーの妻の葬儀とラスト・シーンからエンド・タイトルの半ばまで流れる、マーラーの『復活』が聴けないこと。
 あとは後半のディスコで流れるロッド・スチュワートの曲をマンスフィールドがカヴァーした曲あたりか。
 それでもアルバム・ラストのLucia Hwongが唄う「Honey」の収録は嬉しい。
 この歌は彼女自身が唄う姿がエンド・タイトルの後半となるのだが、この歌は故テレサ・テンも唄っていた名曲。
 この甘い歌でこのチャイナタウン戦争は幕を閉じるのだ。

 
 

 不思議なことにワールドワイドに公開された作品にも関わらず、海外ではアメリカ以外でのアルバム・リリースは無かった様だった。
 1986年に入り日本ではジャケット違いでVICTORよりリリースされた程度だ。
 また、1991年に奇跡的に日本のみでCDがリリースされた。
 同時にチミノ、ラウレンティス、マンスフィールド、そしてロークが再結集した『逃亡者』も同時リリースされており、マニアを狂喜させた。
 しかし未だに完全盤CDがリリースされていない。
 それどころか出る気配すらない
 未だ我々のチャイナタウン戦争は終わっていないのだ!

 1978年の『ディア・ハンター』の成功で「最も才能溢れる若手監督の最右翼!」と評された監督マイケル・チミノ。
 しかし次回作の『天国の門』('80)の大失敗により「本当は最も才能無き監督の大本命!」と烙印を押されてしまったチミノ。
 当時、もう映画監督しての生命は絶たれたと思われていたが、1983年に青春映画の『フットルース』の監督の仕事が舞い込んだ。
 製作会社はチミノの才能を高く評価しながらも、条件として
 「必ず予算とスケジュールを厳守すること。1日1ドルでも超過したら罰金を払うこと。この約束を守ると特別にボーナスを支払う!」
 とチミノに要求したが、さすがのチミノ、
 「そんなアホらしい条件なんて飲めるかッ!」
 とこの仕事を蹴り飛ばした。
 結局、ハーバート・ロスが後釜として監督し、ケヴィン・ベーコンを主演に起用した『フットルース』は人畜無害の健康的な音楽・青春映画として大ヒットした。
 (チミノ版はもっと暗い青春ものになったはず。)

 

 この時、チミノの才能を惜しみ、「ワシと組もう。」とその低音ヴォイスで誘ったのが、イタリアのドンことディノ・デ・ラウレンティスだった。
 原作ものの『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』を脚本兼監督で
 「好きなようにやってもいい。」
 とその懐の大きさを見せた。
 ドンとチミノはその瞬間から作業に着手、毎朝5時から濃いエスプレッソを飲みながら製作に入ったのだった。

 
 聞くところによるとチミノは丸一日眠らないでも平気でおり、ラウレンティスも毎朝5時からチミノと仕事するなど、他人から見ると「完全に狂っていた」という。
 ラウレンティスは
 「共同脚本オリヴァー・ストーンを呼ぶこと、主演に無名のミッキー・ロークジョン・ローンの起用、チャイナタウンのオープン・セットを本物同様に作ること、タイにロケに行くこと」
 など全てのチミノの要求を呑んだ
 そんなドンの事をチミノは「彼は鮫のように何でも飲み込む」と表した。
 結果、最終的にはオリヴァー・ストーンの『スカーフェイス』('83)テイストも加わって、とてもリアルかつダークなヴァイオレンス映画の決定作が出来上がったのだった。
 
 

 だが公開後、世間の風は冷たかった
 暗いだの、人種差別映画だのといった評ばかり。
 しかしその後生まれた「ヴェトナム帰還者が登場する警察もの」は、ほとんどが明るく健康的な演出で『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』と比較するとまさに「陰と陽」だ。

 非難の元はヒーロー、スタンリーの屈折でもある。
 ヴェトナムの影を引きずり、妻をぼろきれの様に扱い、不倫に走る。
 自分勝手な妄想で、とにかく彼が暴れれば暴れるほど血が流れ、周囲の人間が続々と死んで行く

 
 対するジョーイは、黒い野望を抱きつつも同胞の貧しい親子の金銭免除をしたり、まるでドン・コルレオーネのような懐の深さを見せる。
 そしてラストではサムライのように自決して、自らの人生の幕を己のやり方でケリをつける清さ。
 ジョーイと比較しても、スタンリーはまるで子供のように過ちを犯し続けていく…
 そんな対比がチミノの狙いでもあった。
 「他人のケンカ(チャイナタウン抗争)に勝手に割り込んでくる正義感溢れる男」=スタンリーに、最後に中国人であるトレイシーに向かって言わせたセリフ、
 「俺が間違ってた。マトモな人間になりたいんだ。教えてくれよ。」
  …このセリフ、正義の警官のようにヴェトナムに乗り込み、最終的に撤退する羽目になったアメリカそのものなのではないだろうか…?
 
 

 こんな名作に主演出来た事はミッキー・ロークにとって一生の誇りだろう。
 元々ロークはアクターズ・スタジオ時代の友人、クリストファー・ウォーケンの推薦で『天国の門』でウォーケンの友人役で出演。
 この時、チミノと親友となった縁で『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』で33歳での大抜擢を受けたのだ。
 チミノもボクサー上がりのロークならこの役に相応しい、とラウレンティスを説き伏せた。
 ローク自身もこの役に燃えて、自身のアイデアで髪を真っ白に染め上げて、あえて年齢不詳のスタンリー像を創り上げた。

 
 この時期のロークはホントに気のいい街の不良のアンちゃんらしく、
 「チミノが俺に警告するんだよ。『この映画に出たおかけで君の将来を台無しにするような批評が出るだろう』とね。でもそんな批評は全てクズだ!」
 と言い放ち、チミノを侮辱した有力新聞やマスコミのインタビューには決して応じないことに決めた。
 まるで「俺のダチに手を出すのは許さねえ!」と怒鳴るかのように。
 さらに「なあ!誰かがよ、白紙を出して『ここにサインしたら、この先10年間チミノと働ける』なんて言ってみろよ、俺は即座に応じるさ!猿の役だって構わねえぜ!」と嬉しげに話すロークの笑顔は劇中のスタンリー・ホワイト同様に、どこか憎めない