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Goodfellas House Choose One!
 

ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...

トランス 愛の晩餐 ウォーゾーン 虐殺報道
主演 高倉健
監督   佐藤純弥
音楽 大野雄二
  町田義人
 
監督   降旗康男
音楽 トゥーツ・シールマンス
佐藤充彦
  ナンシー・ウィルソン

 そこは確かに美しい場所だが、何故か温もりが無くて虚無感が漂っている。
 だが座席は座り心地がよく、豪華で、場内は清潔感が漂い、スクリーンは滲みのないクリーンなホワイト。
 売店からロビーも全て美的感覚で統一されており、信じがたいが、日本全国同じように、そこは無感動な楽園、現代の映画館、シネコンと言う名の夢と希望、生きる糧を求めて人が集まる場所。
 そこで奏でられる、それぞれの映画はほとんどが、日本全国何処で求めても同じ様な味を持ったコーラやポップコーンのような、漫画の原作もの、アニメ、感動の押し売り系、そしてCM、TVを独占しているアイドルと呼ばれる男女達のキャスト。
 彼らが発するセリフは、受け手の心には響かず、まるで冬の薄氷のように感じるのは、受け手のこちらが、おかしいのだろうか? 
 あるいは平成のこの時代に取り残されてしまったのか…。

 

 あの時、昭和という時代の映画館は確かに薄汚れており、どこか淫靡な味わいを醸し出し、オールナイト上映でさらに観客を悪酔いさせるような悪魔的なエネルギーを日本全国の映画館は我々に発していた。
音響は高音になると割れており、しかも現在のデジタルとは異なるアナログ・モノラル。
 しかしそんなスクリーンから発せられるセリフは、機関銃で全身を撃ちぬかれたように、我々に心に響いていた…。

 

 「死んで貰います!」

 「さぁハッキリと声をかけて親分さんの命を頂こうか!」

 「でも、世の中ってのはなかなか思い通りにいかないものですよ。」

 「お前さん達も渡世の飯を喰ったんだから、俺の気持ちは分かるだろ。この俺が白い物を黒いと言っても、へえ、左様ですかと言うのが、この渡世の掟じゃねぇんですかい!」

 「松島ナミ!絶対に許さん!」

 「・・・アタシを売ったね・・・」

 「大阪は梅田で番張ってます、学ラン摩耶と申します。」

 「スケバンには、昨日も明日もあらへん!今日だけや!」

 (女を荒々しく抱きながら)「あ、痛い!もっと静かにやってよ!」
 「あとがないんじゃあ、あとが!」

 「有田!ポンはやめい言うんが聞けんのか!」

 「あれらはオXXの汁で飯喰うとるんで!」

 「俺はてめえの罪の償いを、一生かかってやっているだけだ。」

 「自分は人殺しだってことをです・・・あの子の父親を殺したのは自分です・・・」

 「弾いたろか!こんかい!」

 …かつてはこんなセリフを我々の心に届けてくれた、昭和の日本映画…
 今、もう一度、いや何度でも、今だからこそ我々の魂を以前よりもさらに熱くさせていく。

 『野性の証明』('78)を今日で語るとき、どうしても「角川映画・第3弾」、あるいは(えへっおほっうふっ)薬師丸ひろ子の14歳の鮮烈デビュー作品としてが多い。
 しかし本作は、当時のビッグ・スター高倉健の堂々たる主演作でもあり、配給に東映が関わっている事もあってか、かつての健さんが得意とした東映・任侠ものの現代版ともいえようか。

 

 

 健さん演じる特殊部隊の元工作員が、ある事件をきっかけに薬師丸ひろ子演じる女の子を養女として引き取り、かつて死なせてしまった女性の妹の生活する東北でひっそりと一般市民として生活していたが、地元を牛耳る実業家・ヤクザ組織が襲い掛かり、愛する二人を失ったとき、その怒りが爆発する。
 そう、健さんの往年の任侠ものと同じパターン、耐えて、堪えてその我慢が限界に達して怒りが爆発するのと同じだ!

 

 そんな健さん一人で戦う相手は、かつて東映で健さんと何度も共演歴のある東映軍団!の三国連太郎丹波哲郎梅宮辰夫成田三樹夫金子信雄
 ゲストにこれまた健さんとは縁深い大滝秀治田中邦衛山本圭寺田農
 そして健さんと死闘を繰り広げる、まるで『実録外伝 大阪電撃作戦』('76)、『北陸代理戦争』('77)から飛び出してきた様な松方弘樹の血走った眼つきが圧巻。
 本作でのクライマックスの死闘の助太刀は、池部良ではなく夏木勲
 自らの命を犠牲にして健さんを助ける夏木勲の男気は、昭和残侠伝の任侠魂そのものだった。
 そもそもプロデューサーの角川春樹「自分は暴力映画を製作したかった。クライマックスは、ヤクザ映画そのもの。」と吠えていたのだ。

 

 スコアを任されたのは『犬神家の一族』('76)、『人間の証明』('77)でその腕を買われていた大野雄二。
 彼は映画音楽を手がける以前は、CMやTVシリーズの『気になる嫁さん』('71)、『パパと呼ばないで』('72)、『気まぐれ天使』('76)等の傑作を作曲、ジャズ・シーンでも活躍しアレンジャーとして外国映画のアレンジ・アルバムを発表するなどして大活躍。
 『野性の証明』ではそのタイトルとは反比例して
 「反対の音。イコールでない音。つまり静かな音を目指した。ビブラフォンを多用して静かな楽器をあえて使用した。」
 と語るが、時にはスケールの大きなメインタイトル曲や得意とする、ジャジーな調べがとてもクール。
 でもメロウなバラードは、正しく健さんが噛み締める男の孤独と哀愁感を漂わせて魂を揺さぶる。

 

 

 サウンドトラック・アルバム、およびシングルは日本コロムビアからリリース。
 映画自体のヒットと共に買い求めた人々はとても多い78年のヒット・アルバムとなった。
 また、健さんの定番ソングとして殴りこみの際は必ず「唐獅子牡丹」が流れるが、本作でその役割を果したのは、町田義人が唄う『戦士の休息』
 薬師丸ひろ子が惨殺された時に(最後の殴りこみの前)流れるこの歌の歌詞は、まるで健さんの為に書かれたような男気溢れる染みる詞。

 
 
 

  男は誰もみな無口な兵士
  笑って死ねる人生
  それさえあればいい
  無理にむけるこの背中を見られたくはないから
  ああ夢からさめるな
  ああ美しい女(ひと)よ
  頬に落ちた熱い涙
  知られたくはないから
  この世を去る時
  きっとその名前呼ぶだろう

 一体誰が、冬の福井県は日向の漁港に、トゥーツ・シールマンスの哀愁漂うジャジーなハーモニカが流れるなんて想像しただろう―

 

 高倉健さんは、元は大阪・ミナミのヤクザの大物だったが、最愛の妹を覚醒剤中毒で亡くした事をきっかけに、ヤクザの足を洗い、福井県で漁師として静かに妻と子供達と暮らしていた。
 その静かな漁港に、大阪から意味ありげな男女が流れ着く。
 その二人の災いに関係した健さんは、妻の制止を振り切って、かつての大阪はミナミにひとり舞い戻ってしまう。
 背中の夜叉の刺青と共に。

 
 『夜叉』が公開されたのは1985年。
 この時期、日本の映画音楽は贅沢な音楽予算を投入しており、それはもう世界に通じるサウンドトラックだった。
 勿論、大野雄二の『犬神家の一族』『野生の証明』から坂本龍一『戦場のメリークリスマス』等のニューウェイヴ、世界のアーティストもジャパン・マネーで参入して来る。
 キース・エマーソン『幻魔大戦』('82)、健さん主演作の『南極物語』('83)はヴァンゲリス『首都消失』('86)はモーリス・ジャール
 

 『夜叉』では『真夜中のカーボーイ』('69)、『ゲッタウェイ』('73)、『シンデレラ・リバティ』('74)等で哀愁のハーモニカを聴かせたジャズ界の大物トゥーツ・シールマンスが、日本のジャズ・シーンで活躍する佐藤允彦と二人で音楽を担当。
 テーマ曲の作曲はタケカワ・ユキヒデ、唄うはこれまたジャズ界の名シンガー、ナンシー・ウィルソン
 エンド・クレジットでブルージーに唄っている。

 
 
 健さんの映画でこんなジャジーなサウンド・トラックが聴けるなんて!
 しかも舞台が福井県
 こんなミス・マッチ感が、心地良くもあり、気持ちよく酔える。
 サウンドトラック・アルバムは、日本コロムビアのジャズ・レーベルのINTERFACEよりリリース。
 当時としてはレコーディングにも予算をかけてPCM・デジタル・レコーディングを行ったので音質がとてもいい。
 しかもLPとCDの同時リリースでもあった。
 

 女が、泣いて止めても振り切って、単身殴りこむ!のはもう健さんの十八番。
 そんな健さんの背中に流れるジャジーな調べが、本作の魅力。
 幸せと程遠い、大阪から流れて来た田中裕子の好演とビートたけしの怪演も特筆もの。
 じっと耐える妻役のいしだあゆみもいい。
 健さんと黙って二人で歩く場面が、何故か心を揺さぶられる。
 時代の移ろいの中、かつての青春を思い出し、そして今を生きて行く。
 冬になるとどうしても酔いしれたくなる、健さん作品の忘れえぬ一作。

 この2010年代・平成の時代に男が惚れる男は、果たして存在するのだろか。
 男が女に惚れ、女の為に何かしてやろう、というのは至極当然の事。
 でも男が男に惚れる事は、あるのだろうか。

 

 一般的にスラリとした長身に、まるで少女マンガから抜け出してきたような甘いマスク。
 ファッション・センスも時代にそつなくフィットして、オシャレな話題も豊富。
 アニメやアイドルに精通したり、意外なオタク趣味も持ち合わせて、とにかく女心を知り尽くし、女性に対して物怖じしない女性の感性を持ち合わせた男―

 今はこんな男に男は憧れ、目標にするのかも知れない。

 

 役者では本業よりも女関係にその名を轟かせ、仕事の数よりも女関係の数で勝負。
 結婚しても数々の浮気、果てには愛人を囲い、子供も認知。
 彼らは、こんなスキャンダルを「男の甲斐性。男の勲章」と誇らしげに語る。
 こんな役者達に憧れ、惚れる同輩達。
 役者業の他にも数々の多角事業にも手を伸ばし膨大な借金も大作映画並。
 こんな凡人とはかけ離れた役者にも尊敬の眼差しを向けるのかも知れない。

 
 

 ―そんな男達とは全く間逆なのが、映画界の孤高な男、高倉健。
 1960年代から役者仲間、一般ファンから尊敬と敬意を込めて「健さん」と呼ばれ続け、絶頂期にはスクリーンに名前が出た途端、満員の観客の男達は、「ヨッ!健さん!」とそのスクリーンに叫ぶ。
 男達の鑑であり目標、その人生の道標、方向指示器の様な稀有な存在。

 健さんに関するその人間像などは、今では周知の事実だが、昭和の時代も終わりを告げようとしていた1988年、大阪は心斎橋での『ブラック・レイン』の撮影時、真夜中の撮影に備えて若いスタッフがその準備中の最中、何処からともなくいかにもその地の筋系の人達から
 「おのれら誰に断って映画撮る気や?」
 と因縁をつけてきた。

 
 怯えながらその映画のタイトル、看板スターの名を告げても
 「ぶらっくなんとかやて?まいけるだぐらす?ケッ!毛唐の映画なんか撮るんか!?」
 とスタッフ達は近くの筋系の方々の事務所へと連行された。
 その事務所で一番、地位の高い人の前で震え上がっていた時、とっさに
 「ひぃぃ!日本側から高倉健さんも出てるんですぅぅ!」
 と泣きながら告げると
 「なんやと!?健サンも出てるんか!それをはよ言わんかい!ドアホが!」
 と事務所中の方々がら何故か怒鳴られたという。
 それからその筋の方々の表情が和やかになり
 「えらい悪いことしたな。それより健サン、いつ来るンや?来たら教えてんか。サインももろてんか。」
 と言われ、それからというもの野次馬整理をはじめえらく撮影に協力してくれたという。
 
 
 そんな健さんは映画で演じるキャラクターは、いつも何か心の重荷を背負い、険しい表情の孤独な男を演じて来た。
 まるで贖罪の為に生きているように。
 『冬の華』('78)で演じた裏切った兄貴分のヤクザの遺児を贖罪の為そっと見守るキャラクターは、その代表だ。
 『野性の証明』でも薬師丸ひろ子の孤児を引き取り、擬似親子として生活するのもその贖罪だろう。
 健さんは初めて薬師丸ひろ子を見た時「この子の為なら死んでもいい」と思ったそうだ。
 まるで映画同様に。
 

 健さんから女冥利に尽きる言葉を貰った、薬師丸ひろ子は撮影時、14歳。
 その歳から今でも変らぬド天然ぶりを発揮、撮影時には「今日は刺青は入れてないんですか?」とか健さんの部屋でお菓子の食べ残しを撒き散らしたりして天然ぶりをフル・スロットル。
 でも撮影後も健さんから誕生日プレゼントを貰ったり、健さんの撮影中に訪問したり、はたまた赤坂で偶然発見した健さんを尾行。
 レコード店でアバ(ダンシング・クイーン!)のLPレコードを見ていた健さんを店内でジーっと見ていたりと珍コンビぶりを展開。
 それから30数年を経過しても薬師丸ひろ子の携帯には時々、健さんから連絡があり、『あなたへ』('12)の撮影中には薬師丸ひろこが、ラーメンの差し入れをしたりして、この擬似親子は健在だった。

 
 健さんは無口で無愛想、そんな男っぷりが魅力だったが、今では完全に女性が求めていない男の代名詞として、時代に取り残された男の代表格ではないだろうか。
 映画の中では、いつも藤純子みたいな美人の涙を無視して、自ら死に花を咲かせに行くし、『現代任侠史』('73)ではあの決して泣かない梶芽衣子が、泣き叫びながら「行かないで!」と喚いてもそれを振り切って殴りこみに行く。
 『チロルの挽歌』('92)では大原麗子の美人妻から「いつも無愛想で仕事ばかりで、私の話し相手もなってくれない!」と激怒される。
 熟年なのに浮気され、知らぬ間に妻は浮気相手(健さんとは間逆の優男)と駆け落ちされていた(娘は短大生なのに)…
 もう健さんみたいな男は、過去の遺物と化していた…
 

 そんな健さんの訃報。
 2014年11月10日、永眠。
 言葉では表現出来ない衝撃は、1980年11月に亡くなったスティーヴ・マックィーンと同じだ。
 あの時の衝撃が蘇る。
 信じられない。
 健さんが主演で大阪を舞台にしたアメリカ映画なんて、今考えても信じ難い『ブラック・レイン』の主題歌が、昨日とは違って聴こえて来る。

 

   俺は自分の人生を、道を生きて来た
   しかし夜に涙が満ち溢れても 俺はくじけない
   俺は灯りに手をのばし、夜に消耗させらても 平気だ
   俺はくじけない

 (今ではまるで健さんの為に書かれた歌詞のよう。)

 
 

 健さんはいつもの長旅に出ただけ。
 ただ今回の旅は、帰らぬ旅となった。
 戦士の休息だ。
 でも生身の人間は亡くなったとしても、映画俳優・高倉健はずっと死に絶えることはない。
 映画の中で、我々の魂に永遠に生き続けている。