ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...
わたくし、私立探偵のブーことウォン(マイケル・ホイ)、ヘタレの助手チョンボことフグ(リッキー・ホイ)、そして美人秘書ジャッキー(アンジー・チュウ)は香港で私立探偵事務所「萬能私家偵探社」を開業してたりなんかするんだけど、ちょっとばかしドジったりなんかしちゃったりしてトラブルまみれの赤字続きの大八車火の車という体たらく。 今日も今日とて不倫調査の依頼を受けて、ターゲットを追って潜入した売春宿でちょこっとばかし仕事を忘れてオネーチャンとニャンニャン、なんて鼻の下伸ばしてたら警察のガサ入れに遭遇したりなんかして、もうやめてって言ってるんだもの〜!
そんな中、スーパーマーケットのオーナー、モックさんから万引き常習犯捕縛の依頼が。 夫婦で万引きに精を出す厚かましい連中をレジを出ようとしたところで足止めするが、実は旦那の方がカンフー使い! ところがどっこい、カンフーの技はキットの方がサメはジョーズ、ナスのヘタ!やるじゃんじゃん!
またまた続く浮気調査、今度は財界の大物の旦那が若いピチピチギャルに入れ込んでるんじゃなかろうか、と奥様からの依頼。 ところがちょっとばかし目を離した隙に、運転免許持ってないキットが独断でターゲットを車で追跡…って俺の愛車がボッコボコじゃーん! 修理費は給料から差っ引いてやるからな!お前80まで死ねないぞ!
ところが!退院してみるとなんとキットがこともあろうに俺の事務所の隣に新しく探偵事務所を開業してたりなんかして! しかもチョンボを助手としてウチから引き抜いたりなんかして!この恩知らず! おい…隣同士探偵社じゃ、遅かれ早かれ共倒れ、もう帰れない行き倒れだぞ? 「でも、おたくにいてもこいつも俺も行き倒れ寸前だったからね」 …一緒にやろうじゃん!条件があるなら聞こうじゃんか?
1979年2月3日、突如として日本の劇場で封切られ、瞬く間に列島を席巻した1本の香港映画がありました。 それが本作『Mr.BOO! ミスター・ブー』です。 それまでは香港映画と言えばブルース・リー作品をはじめとするいわゆる功夫映画が中心であり、かつ仇討ちなどをメインとしたシリアスな作風のものが殆どでした。 ところが本作はコッテコテのコメディ映画、当時のヒット作のパロディも満載し、ご当地香港のローカルネタもぶち込んだ作風の映画だったのです。 しかし配給の東宝東和が中国語題『半斤八両』(五分五分、同等の意)、英題で"The Private Eyes"(私立探偵の意)から『Mr.BOO! ミスター・ブー』なるオリジナル邦題に変更し、当時のヤング層狙いの宣伝で一山当て、さらには本作の監督兼主演俳優マイケル・ホイ主演の諸作品も軒並みシリーズとして公開し、見事80年代前半を代表する人気シリーズにまで育て上げたのでした。
日本では基本的にドタバタコメディとして宣伝され、実際コッテコテのギャグ満載の爆笑コメディではあるのですが、主演・脚本に監督も兼任しているマイケル・ホイの持ち味である当時の社会情勢への皮肉も効いた内容となっており、原語である広東語が理解できると深みも増す作りとなっています。 しかし当時の日本ではその辺りはあまり顧みられることなく、また劇場公開から2年後のテレビ放送時の日本語吹替がカルト的な人気を博す主要因となっていったのです。
さて、本作での音楽担当は第2章でも書きましたが兄弟の末弟サミュエルと、当時アジアのビートルズとの異名をとった彼の所属していた「ザ・ロータス:蓮花楽隊」です。 デビュー当初はエルヴィス・プレスリーのロックンロールやゾンビーズ「Time of the Season」、ボー・ブラメルズ「Just a Little」、オブ・モントリオール「Spoonful of Sugar」などオールディーズ英語曲のカバーを歌っていました。
1970年、サミュエルが大学卒業後に兄マイケルを芸能界に引きずり込んで司会をし、見事ヒットした『雙星報喜(邦題:ホイ・ブラザーズ・ショー)』の主題歌『鐵塔凌雲』、さらに4年後のマイケル主演作『Mr.BOO! ギャンブル大将(原題:鬼馬雙星)』の主題歌『鬼馬雙星』と挿入歌『雙星情歌』、翌75年『天才與白痴』、76年『半斤八兩』とMr.BOO!シリーズの主題歌すべてでヒットを飛ばしますが、これらは皆広東語の歌詞でした。 当時広東語は北京語に比べて「下品な言葉」とされ、映画の音声も歌も英語か北京語でリリースされるものが殆どだった中で、堂々と広東語で、かつ庶民の気持ちをそのまま代弁するような皮肉の利いた歌詞で歌い上げたサミュエルの歌は当時の香港人のハートを鷲掴みにしたのです。
そして日本公開時にもサントラがポリドールからリリース。 LPのみならず、メイン主題歌『半斤八両』と挿入歌『浪子心聲』のカップリングでEPまでもリリースされ、この主題歌・挿入歌カップリングシングルのリリースは続く『インベーダー作戦』『ギャンブル大将』『アヒルの警備保障』まで続きました。 ええ時代やったんやなぁ…
ここまで『Mr.BOO!』シリーズについて語り倒してきましたが、そもそもホイ三兄弟とは何者ぞや、と疑念をお持ちの御仁もいらっしゃるでしょうから簡単に説明を。 そもそも三兄弟じゃなくて五人兄弟(四男一女)だったりするんですが、長兄マイケル、三男リッキー、四男サミュエルの3人が特に芸能活動に置いて著名なためこういう呼び方になってるんですね。 ちなみに男兄弟4人はそれぞれ中国語での名前が許冠文・許冠武・許冠英・許冠傑となっており、末尾の一文字を順に並べると「文武英傑」になるというのは豆知識。 あと「許」を「ホイ」って表記にしたのも東宝東和さんの仕業で、本来は"Hui"だから「フイ」あるいは「ウイ」が近いそうです。 けど「ウイ三兄弟」じゃちょっとねぇ、パンチに欠けますわな。 やはりこの辺のセンスは当時の東宝東和、並外れたもんがあります。
芸能界入りは末弟サミュエルが一番早く、1967年にティーン時代から「ザ・ロータス:蓮花楽隊」のボーカリストとしてデビュー。 当時開局したばかりのテレビ局でレギュラー番組を持つ早熟ぶりでした。 一番冴えない容貌の三男リッキーも同年「東洋のハリウッド」と謳われた映画会社ショウ・ブラザーズにて俳優としての活動を開始。 その後、高校で物理教師をしていた兄マイケルを芸能界に誘い込み、マイケル&サミュエルの2人で司会をした番組『ホイ・ブラザーズ・ショー』が高視聴率を取り人気を確立。 1972年にショウ・ブラザーズの映画『大軍閥』にマイケルが主演、リッキーが準主役として抜擢されて後、映画製作に軸足を移します。 その後ブルース・リー作品を制作してメキメキと頭角を現していたゴールデン・ハーベストに移籍し、自らの監督・主演で製作した諸作品がこの『Mr.BOO!』シリーズなのであります。
『アヒルの警備保障』以降はマイケルとサミュエルはいったん袂を分かち、マイケルはBOOシリーズおよび人情コメディ物の作品を製作・主演。 近年も台湾で『ゴッドスピード: 一路順風』に主演し健在をアピール。
サミュエルは『悪漢探偵』シリーズなどアクションコメディ作品でヒット作を連発。 1991年にいったん芸能界を引退しますが99年に復帰。 その後はコンサートツアー等音楽活動を中心に活躍中、現在でもチケットが即ソールドアウトになるほど、幅広い世代からの根強い人気を誇っています。
そしてリッキーも本人曰く「永遠の脇役」としてアクション・コメディ映画を中心に、『霊幻道士』やジャッキー・チェン主演作『プロジェクトA2:史上最大の標的』『奇蹟 ミラクル』などで味のある演技を披露。 弟サミュエルの一時引退後に自身も芸能活動から遠ざかるも、サミュエルの'99年および'04年のコンサートに駆けつけ、健在ぶりをアピールしていましたが、'11年11月8日、心臓発作のため65歳という若さで惜しくも亡くなっています。
なお現在『Mr.BOO!』シリーズとして日本で流通しているのは
『Mr.BOO! ギャンブル大将』 ('74年/日本公開3作目) 『Mr.BOO! 天才とおバカ』 ('75年/日本未公開・'13年にDVDスルーで日本初登場) 『Mr.BOO! ミスター・ブー』 ('76年/日本公開1作目) 『Mr.BOO! インベーダー作戦』 ('78年/日本公開2作目) 『新Mr.BOO! アヒルの警備保障』 ('81年/日本公開4作目。3兄弟共演はここまで) 『新Mr.BOO! 鉄板焼』 ('85年/日本公開5作目) 『帰ってきたMr.BOO! ニッポン勇み足』 ('85年/ビデオスルー) 『新Mr.BOO! 香港チョココップ』 ('86/ビデオスルー) 『新Mr.BOO! お熱いのがお好き』 ('87/ビデオスルー。J・レモン&T・カーティス『お熱いのがお好き』のリメイク作品) 『フロント・ページ』 ('90/邦題および英題には『Mr.BOO』が付かないが久々の3兄弟共演かつ中文題が『新半斤八両』) 『Mr.BOO! 花嫁の父』 ('04/DVDスルー) 『新世紀Mr.BOO! ホイさまカミさまホトケさま』 ('04/DVDスルー。本シリーズにオマージュを捧げた番外編。マイケルがカメオ出演)
となっております。
また、香港映画=広東語、の図式を確立したのはホイ兄弟の功績です。 当時北京語での製作がメインだったのを地元香港の公用語だった広東語で製作、音楽も広東語ポップス界で「歌神」と呼ばれるサミュエルが担当した事で一躍広東語での映画製作が普及する事となったのでした。 香港の中国返還後の現在、大陸側からの出資の兼ね合いもあり北京語メインでの映画製作も増えてきているようですが、広東語の語感での映画鑑賞、言葉の意味は分からなくともやはり独特の雰囲気があるので、今後も作り続けて行ってほしいものです。