ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...
1972年8月22日、気温36度。 ニューヨークはうだるような暑さ。 まさにDOG DAYだった。 その日の午後、ブルックリンのチェイス・マンハッタン銀行支店の閉店直前に、事件は起こった―
2時46分 − 3人の武装した強盗が押し入る。 支店長、守衛と8人の女銀行員が人質となる。
2時47分 − 犯人の1人が急に心変わりして逃げてしまう。 ぶざまにも逃走用の車の鍵を持ったまま逃げ出そうしたが、主犯のソニーに 「おい、鍵を置いとけよ!」 と怒鳴られると 「どうやって帰る?」 「地下鉄で帰れ!」 と間抜けな漫才を繰り広げる強盗たち。
3時05分 − 残った主犯のソニーと相棒のサルは、銀行の預金がその時すでに、本社に送金されていることを知る。 「何のために銀行強盗をしたんだ。」 と崩れ落ちる二人の強盗。
3時12分 − その時電話が鳴る。 支店長が 「あんたに電話だよ。」 とソニーに手渡す。 「一体、誰だ?」 と恐る恐る電話に出たソニーの耳に 「そこで何をやっている?」 と聞こえた電話の主は、警察のモレッティ部長刑事だった。 そしてあっという間に多数の警官たちが銀行を取り囲んだ。
3時14分 − 「だからさっさと出て行けと言ったのに!」と銀行の支店長。 「あんた達、念入りに計画したの!?」 と女銀行員にどやされるドジな犯人のソニーとサルは、籠の中の鳥状態だった。
3時25分 − ソニーは何とかモレッティ刑事と交渉の上、何とか逃げ延びようとする。 外には大勢のマスコミ、野次馬の声援やテレビ局も生中継。 そんな中ソニーはスター気取り。 何とか自首させようとする警察、逃げようとするソニーとのまるでコントのような交渉が始まった。 テレビ局は遠慮なく、犯人のソニーを調べ上げていく。 妻と子供もありながら同性愛の恋人が居ることまでも。
「『セルピコ』ではいっさいスコアをつけるべきでなかった。」と監督のシドニー・ルメットは言う。 そう、『セルピコ』はアル・パチーノ主演、マーティン・ブレッグマン製作、ルメットが監督した1973年の作品。 この3人が再結集したこの『狼たちの午後』でもルメットは 「この作品も『セルピコ』同様、実話をベースにしていることを観客に教えなければならないとしたら、物語を縫うように流れたり消えたりする音楽は果たして必要 だろうか。」 と述べた。
ルメットは『セルピコ』ではファイナル・カット権を持っていなかったが、今回は違った。 製作のブレッグマンもルメットを支持して一切「スコアなし」のスタイルを貫いた。 僅かながらにオープニングからメイン・タイトルにかけての − ニューヨークの熱い昼下がりの場面にはエルトン・ジョンの「Amoreena」(麗しのアモリーナ)が流れる。
1970年のエルトン・ジョンのアルバム『TUMBLEWEED CONNECTION』(エルトン・ジョン 3)からのソウル・タッチのラブ・バラード。 別にシングル・ヒットもしていないこの歌が、何でも無いように誰も真剣に聴いていないかのような真昼のAMラジオのように流れる。 実際、銀行前に停めている犯人たちの車のカー・ラジオから流れていたという演出。 そう、犯人のソニーの耳にはこのエルトン・ジョンの歌なんて耳に入っていなかったのだ。 そこから本編は一切、音楽は無い。 また、音楽を必要としていないし、音楽の入る隙間も無い。 役者の最高の演技、緻密な脚本と演出で決してだれる事無く、見せ切ってしまう。
2000年代からスコアはまるでバケツの水をひっくり返した様に一本の映画に流れる。 必要以上に。 その監督、製作者もまるで自信が無いかのように音楽に頼り切ってしまっている。 音楽の必要性なんかまるで無視したかのような作品もある。 『狼たちの午後』のような「スコアなし」スタイル は今日では珍しいだろう。 でも感傷的な音楽よりもこの作品のエンド・タイトルのジェット機の爆音が、えんえんと鳴り響いていた現実音に、我々は後ろ髪を引かれてしまう。
実話の映画化の『狼たちの午後』の銀行強盗はバイ・セクシャルであり、その為に銀行強盗をした男のお話。 そんな作品にバイ・セクシャルのエルトン・ジョンの曲を使うなんてのは意識的?かは別として。 世界で唯一、日本のみ『狼たちの午後』の主題歌としてシングル盤がリリースされたのは技あり!の偉業だ。 東芝EMIのDJMレーベルからリリースされたこのシングル。 さすがは当時、日本はサウンドトラック・パラダイスとして世界でも有名だった。 ニューヨークやロサンゼルスのレコード・ショップでは、堂々と日本産のレコードが売られていたし、日本のみリリースのアメリカ、ヨーロッパ映画のサウンドトラックも色々と存在。 リリースを決めた当時の洋楽担当のプロデューサーに遅まきながら敬礼!
↑日本盤シングル
本国アメリカでは、ワーナー・ブラザースからプロモーション用としてスペシャル・ラジオ・フィーチャーとしてインタビューを収めたLPがある。 未だ当時、ビデオ素材の宣伝材料が存在しない時代。 こんな30cm LPのプロモーション用素材は、決して珍しくはない。 シルバーの輝きでコーティングされたこの30cm LP。 マニアックなファンなら是非とも手元に置きたいもの。
また、これまた世界で日本のみのカヴァー・ヴァージョンが、当時リリースされた2枚組LP「アクション映画」に収められている。 演奏はグランド・ファンタスティック・ストリングスの純日本レコーディング。 ジャケットはスティーヴ・マックィーンで『パピヨン』『タワーリング・インフェルノ』『アイガー・サンクション』と並んで『狼たちの午後』の主題歌としてエルトン・ジョンの『Amoreena』が収録されているわけだが、サックスをメインにまるで場末の商店街の安キャバレーのような演奏には、エルトン・ジョンも思わず苦笑いだろう。 RCAよりリリースされたこのアルバムもマニアなら聴きたいもの。 ニッポン人で良かったよ、ウン。
『狼たちの午後』が日本で公開されたのは1976年の3月。 ロードショー公開後も2本立ての名画座でも人気だったこの作品。 当時は未だこんな犯罪者やアンチ・ヒーローに共感する者が多かった時代。 アル・パチーノが演じてきた他のキャラクターは勿論、『タクシー・ドライバー』のロバート・デ・ニーロ、ダスティン・ホフマン、ジャック・ニコルソンしかり。 彼らがどんなに後味の悪いアンハッピーエンドを迎えようとも我々(男子)は彼らに拍手を贈る。 女子もスマートな他者よりも彼らのようなアンチ・ヒーローにその瞳を濡らして輝かせる。
でも『ロッキー』('76)の登場からアンチ・ヒーローながらささやかな愛を手に入れてハッピー・エンドを迎えたり、『スター・ウォーズ』('77)の登場で暗いアンチ・ヒーローの時代に陰りが見え初めて『ディア・ハンター』('78)、『地獄の黙示録』('79)で完全に暗い夜の時代は終わってしまう。 80年代に入ると彼らの居場所が無くなっていく。
『狼たちの午後』で見せたあのパチーノの濡れた大きな瞳に恋した女子は大勢居た。 当時のテレビ番組『プロポーズ大作戦』や『パンチDEデート』に出てくる女子は、皆口を揃えたように「ワタシ、アル・パチーノが好きです!」と言い、街のポスター・ショップには堂々とパチーノのポスターも売られていたもの。 そんな麗しきカトリーヌな女子は、心の中で「ああ、パチーノ、PACINO、ぱちーの、パチーノ......」と囁く。
そんな女子の前で我々男子も「パチーノ、PACINO、ぱちーの」と呪文のように唱えて、そして「パチーノ、麺パッチン、パチ、ああ、コマネチ!コマネチ!」と変化を遂げていく。 名画座で「狼たちの午後」を鑑賞後、劇中のパチーノの物まねで「アッティカ!アッティカ!」のシーンを帰宅後の四畳半アパートで「コマネチ!コマネチ!」を連呼する。
コマネチ、そう『狼たちの午後』が公開された1976年の第21回オリンピックのカナダはモントリオールで魅せた体操界の妖精、ルーマニアの少女、妖精コマネチ。 至難の業の10点満点を叩きだしたとき、我々男子の熱い視線は、妖精のあの汚れを知らぬ若草の丘を疲れを知らぬ子供のように(by 布施明)眺めていたもの。 1976年はパチーノの大きな瞳とナディア・コマネチに魅了された年!と言えるだろう(...My 1976...)。