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Goodfellas House Choose One!

ちょっとしたサウンドトラックとその作品についてのコラムです...

Carrie
主演 シシー・スペイセク
監督   ブライアン・デ・パルマ
音楽   ピノ・ドナジオ
 …毎年、蒸し暑い季節になると、同居しているきん婆ちゃんが寝る前に必ず思い出したように話してくれた物語がありました。
 それはとても怖くて、そして哀しいお話でした…
 

 

 …それはもう何十年も前の遠い昔のこと。
 アメリカの田舎の高校に通うキャリーという名の女の子が居たそうです。
 キャリーの学校生活は毎日、灰色だったそうです。
 冴えない容姿とおどおどした物腰は常に学校中の笑いものとなり、特にクラスの女子達のいけにえの山羊だったそうです。

 

 ある日、体育の授業を終えてシャワーを浴びていた時…
 (いつも、きん婆ちゃんはこのくだりの話になると声のトーンが、低くなりました)

 (きん婆ちゃんのトーンで)…イッヒッヒ…
 それは少女の白く細い下肢から糸を引くように流れたのじゃ。
 突き刺すような級友の視線の中、鮮血の衝撃に不意をつかれた少女はわけのわからぬ呻き声を上げてのぅ、狂ったように助けを求めたのじゃ。
 それは十七年目の春に体験した女へのしるしじゃったのじゃ。

 

 じゃが、不幸じゃったのはただでさえ異常に遅い初潮年齢に加えて、問題は彼女がその事実に全く無知のままに十七年間を過ごしてきたことじゃった!!
 その姿に級友達は下着類を投げつけてはやしたてるのじゃった!!
 …ヒッヒッヒ…
 ときにお主、猫のサカりって知ってるかね…?

 体育の女先生の収拾でその場はどうにかおさまりましたが、事件はアッというまに学校中に知れ渡ったそうです。

 
 

 キャリーはお母さんと二人暮らしでした。
 何でもお母さんは狂信的なキリスト教信者で近所でも変人扱いされていたそうです。
 肉体の成長や性に関しては邪念の表れだとする思想ですから、キャリーが健全な女の子として成長するはずがありませんでした。
 でもキャリーは小さい頃から不思議な力を持っていたそうです。
 それはキャリーの心的興奮が限界に達すると、周りの物が吹っ飛んだり、電気がショートしたりしたそうです。
 この不思議な力がアダとなり、お母さんはキャリーを「お前は悪魔の子よ!」と決め付け、ずっと虐待していたそうです。

 
 

 シャワーの事件の件で体育の女先生は、キャリーをいつも虐めていた女子のクリスに放課後の補習を命じました。
 ところが彼女をそれを放棄した為、卒業のプロム・パーティの出席を停止させられたそうです。
 この事でクリスはキャリーに逆恨みし、復讐を誓ったそうです。

 そんな中、キャリーを虐めた一人のスーだけは違ったそうです。
 今までの罪滅ぼしの為、プロムのエスコートの居ないキャリーの為に、自分のボーイフレンドのトミーを提供したそうです。
 トミーは女子の憧れの学校一のハンサム
 実はキャリーも彼のことが好きだったそうです。
 トミーは最初は嫌がったそうですが、スーの説得とキャリーの事も思い、エスコート役を承諾したそうです。
 けれどキャリーはその申し出を「何で貴方みたいな人が私なんかを」と拒否したそうです。
 …当然でしょうね。
 彼女にとって、それはまるで夢のようなことなんですから…

 

 

 なんとかプロムの出席を承諾したキャリーに対し、お母さんは「どうせお前は笑いものになるだけ!」と冷たく言い放ち、強硬に反対したそうです。
 しかしキャリーは今までの彼女とは違いました。
 この時、生まれて初めてお母さんに反抗したそうです。
 その後の悲劇の幕開けになることも知らずに…

 

 (その後の悲劇はきん婆ちゃんの声も興奮状態となり、それは劇的でした。)
 …イッヒッヒ!
 いよいよプロム・パーティの始まりじゃよ!
 学校生活の締めくくり、思い出作りの最後の場なのじゃ!
 キャリーは生まれて初めての幸福に包まれていたのじゃ!
 やさしくリードするトミーのダンス。
 生まれて初めての憧れの男子とのキッス!
 もう今、夢の中で死んでもいい!とさえ思うキャリー!
 宴は進行してベスト・カップルの投票の時、信じられぬ事にキャリーのカップルが選ばれたのじゃ!
 幸せの絶頂で壇上に上がるキャリー!

 
 

 じゃが…これこそあのアバズレ女・クリスの仕込んだ罠じゃったのじゃ!
 彼女の瞳に一筋の涙が流れた刹那―突然、キャリーの頭上にバケツ一杯の豚の血が浴びせられたのじゃ!
 さらに上から降ってきたバケツが頭に当たり、トミーが倒れた瞬間…なんと場内は爆笑の渦となったのじゃ!!

 

 

 幸せの絶頂から失意のどん底へ突き落とされた瞬間、キャリーの17年間の積年の恨みが爆発し、彼女の不思議な力が開放したのじゃ!
 次の瞬間、プロム・パーティの会場はこの世の地獄と化したのじゃ!
 キャリーの念動力によってドアは全て閉じられ、皆逃げ場を失ったところでキャリーの怨念の餌食となったのじゃ。
 全開になった消火栓の、のたうつホースに弾き飛ばされる者…
 マイクを掴んだところに散水され感電する者…
 天井のライトは全てスパークしパーティ会場の飾りつけは次々と炎上…
 紅蓮の炎の中で皆死んだのじゃ!!

 

 しかし、そんな惨劇の原因となった罠を仕組んだクリスじゃが、実は会場をちゃっかり抜け出しておったのじゃ。
 じゃがパーティ会場から帰途に着く血まみれのキャリーを車で轢き殺そうとしたのが運の尽きじゃった。
 キャリーの底知れぬ念動力によって弾き飛ばされた車はオモチャの如くクラッシュし爆発炎上したのじゃ!
 …あな、おとろしや…

 
 

 …泣きながら帰宅したキャリーは、お母さんの愛情を求めましたが、悲しい事にお母さんはキャリーの背中に包丁を突き刺したそうです。
 最後の頼り所にも見放されたキャリーは逆にお母さんを包丁で磔にします。
 彼女の底知れぬパワーはとうとう彼女の家そのものを破壊し始めました。
 そしてキャリーの家は炎に包まれ、あっという間に崩壊してしまったそうです…

 後日、一人だけ生き残ったスーはキャリーのお墓参りにいったそうですが…
 その時…!


 当時、若き監督のブライアン・デ・パルマは悩んでいたそうです。
 というのは『悪魔のシスター』('74)、『愛のメモリー』('76)に引き続いて音楽はバーナード・ハーマンに担当してもらう気でいたそうなんですが、直前にハーマンが他界してしまいました。
 頭を抱えたデ・パルマは『愛のメモリー』の時、プロデューサーがジョン・ウィリアムスを推薦していたのを思い出したそうです。
 この時、『ジョーズ』('75)の仕事もあったウィリアムスにはなんとなくスコアを依頼する気にならなかったデ・パルマは、ふと自分が観た作品の『赤い影』('74)が浮かびました。
 『愛のメモリー』でイタリア・ロケ中に観たこの作品の音楽が、デ・パルマの頭に残っていたそうです。
 そうだ、彼に亡きハーマンに代わってスコアを書いてもらおう。

 

 そんな白羽の矢が立った彼こそ、ピノ・ドナジオというイタリアの作曲家。
 正確にはシンガー・ソングライターです。
 エルヴィス・プレスリーをはじめ、幾多のアーティストもカヴァーする名曲『この胸のときめきを』を書き、1960年代はイタリアのサン・レモ音楽祭の常連で、『悲しき恋』『この愛にいきて』などを発表、自身のソング・アルバム『最後の夢みる人』などでイタリアでは有名なミュージシャンでした。
 そんなドナジオが初めて映画音楽を書いたのが『赤い影』であり、『キャリー』が初めてのアメリカ映画となるのです。
 デ・パルマとのコンビはその後も『悪夢のファミリー』『殺しのドレス』('80)、『ミッドナイト・クロス』('81)、『ボディ・ダブル』('84)、『レイジング・ケイン』('92)で華麗なスコアを披露しています。

 

 ドナジオは『キャリー』の成功後、映画音楽を連続して担当。
 すぐに売れっ子となり、『ピラニア』('78)、『デビルス・ゾーン』('79)、『ハウリング』('80)、『クロール・スペース』('86)等で大活躍しています。
 本国、イタリアでも『AMORE, PIOMBO E FURORE』('79)、『ベルリン・アフェア』('85)、『肉体のバイブル』('87)等を発表。
 そして傑作『デ・ジャ・ヴ』('89)を放ちます。
 この作品ではデ・パルマが『愛のメモリー』で挑んだテーマが再現され、ドナジオならではの美しいスコアを聴かせて耳に残りました。
 美しい歌うようなメロディに、時折聴こえてくる不安なハーマン・タッチ。
 『キャリー』のスコアがベースとなり、その後の作品も彼ならではのサウンド・ワールドを展開させています。

 

 デ・パルマ作品に刺激されてか、イタリアのマスターズ・オブ・ホラーことダリオ・アルジェント『トラウマ』('92)でドナジオにスコアを依頼しました。
 でもドナジオの魅力溢れるのは、やはりデ・パルマ作品でしょう。
 そのデ・パルマ作品の音楽は、ひたすら酔いしれるデ・パルマのカメラ・ワーク同様、「美しい、華麗な」音楽なのです。

 それは一つの奇跡でした。
 何がって『キャリー』のサウンドトラックがアルバムでリリースされていた事ですよ。

 1976年当時、サウンドトラックがアルバムでリリースされるには、それなりの理由が必要でした。
 映画自体が大作であるとか、音楽性の話題であるとか、とにかく「売れる」要素のある作品である事が前提条件でした。

 

 当時、現在みたいにコアなマニア向けの限定プレスでリリースする「サウンドトラック専門のレーベル」なんてありませんでした。
 よって『キャリー』のような「低予算かつ無名のスターが主演の新鋭監督作品」なんて、アルバムがリリースされる余地なんて全く無かったはずです。
 しかも音楽担当者がアメリカでは完全に無名だなんてマイナス要素満点の作品なら、なおさらです。
 しかし映画に出資・配給をしたユナイトは自身のレコード・レーベルのUAから『キャリー』のサウンドトラックを12曲入りアルバムとしてリリースしました。
 アルバム・プロデュースは、UAでアレンジャーとして数々のレコーディングをリリースしていたルロイ・ホームズ(『荒野の用心棒』など名カヴァーが多数)が担当し、1枚のアルバムとして堂々たる作品に仕上がっています。

 

 メイン・テーマの『キャリーのテーマ』の美しさと優雅さが、その後の悲劇を優しいオブラートで包めば、『BUCKET OF BLOOD』や『SCHOOL IN FLAMES』の不安な電子音が前衛的でもあり、キャリーの怨念を見事に表現しています。
 圧巻なのはサスペンス・シーンではあのバーナード・ハーマンの不安な弦楽器を聞かせること!
 嫌でも『サイコ』の音楽を連想させて、キャリーのお母さんが刃物を持つ場面ではハーマン節がまさにスパークします。
 この辺りについては、当時ブライアン・デ・パルマがヒッチコック的と評価されていたのである意味当然とも言えるでしょう。

 
 変わってドナジオのシンガー・ソングライターとしての魅力は、2曲のヴォーカル・ナンバー、ケイティ・アービングが歌う甘い歌で発揮されます。
 プロム・パーティで踊るキャリーの夢のような場面で流れる甘い歌。
 デ・パルマの華麗なカメラ・ワークでこの曲がさらに際立ちます。

 

 『キャリー』は当時も今も単なる「ホラー映画」のカテゴリーに入れられがちですが、そうならばこうしてアルバムがリリースされることはなく、UAとしてもこれは「青春映画のアルバム」として売ろうとしていた事が、アルバムを通して聴くとよく分かります。
 そのせいかアルバム・セールスもとても良く、UAレーベルが消滅後の1980年代もLIBERTYレーベルから、ヴァリュー・プライス・アルバムとして好セールスを記録。
 そして1989年、フランスのMILAN・レーベルより『デ・パルマ&ドナジオ集』なるアルバムがリリースされましたが、ドナジオ自身の新録音で『キャリー』から数曲収録されました。

 
 
 CDとしては1997年、RYKOよりセリフのトラックをプラスしてリリース後、数年後に廃盤となりましたが、現在はVARESEレーベルに移籍してリリースされました。
 なお、初盤のアナログからCDまでも「編曲・指揮」がドナジオ自身とクレジットされていますが、実際はナターレ・マッサーラです。
 マッサーラは『赤い影』を除いて『キャリー』以後、ほとんどのドナジオ作品の編曲、指揮を担当しています。

 『キャリー』のサウンドトラック・アルバムは…例えるなら「青春の甘くて苦い想い出の詰まったアルバム」とでも言えるでしょうか。

 踊るために生まれたの。
 素敵な恋をつかむために生まれたの。
 みんなが家で眠っている時、二人だけで踊るの。
 誰も知らなくても貴方がいるの。
 

 長い長いかくれんぼをしているようです。
 あの子はまだ見つかりません。
 押入れの隅っこで息を殺しているのでしょうか。
 それともルールをキチンときめておかなかったから、どこかお勝手口からでも抜け出して外にかくれてしまったのでしょうか。
 そろそろ部屋は夕暮れて、電灯のつく時間です。

 

 かくれんぼの時間は終わったはずです。
 独りでは戸惑ってしまい、誰もいない薄闇が心細くなります。
 しまいにはいつまでも出て来ないあの子には腹が立ってきます。
 それにしても長いかくれんぼです。

 毎日遊んでいた近所の女の子が、父親の転勤である日突然引っ越して行くという事がありました。
 いつもの遊び場所にその子の姿が見えなくて、転勤の話を聞いてぽかんとして、それから急に小さな胸が切なくなって、昨日まであんなに面白かった遊びがなぜだか急に色あせてつまらなくなって思えたものでした…

 

 あの子(キャリー)は、かくれんぼでかくれたまんまどこか遠い所へ行ってしまったのでしょう。
 あの日から姿を見かけたという子がいません。

 (いじめられっ子といじめっ子。きん婆ちゃんのお話より)