「LOW」「HEROES」ではインストゥルメンタルを多用する実験感覚、アメリカでレコーディングした「STATION TO STATION」のホワイト・ソウルなファンク。時代の先を行くボウイのナンバーが、この映画でも絶大な効果を上げているのも特筆すべき点である。そしてそれ以上にこの映画でのボウイはレコード・ジャケット、ポスターとして登場し、遂にコンサート・シーンで本人が登場する。煙からヌーっと現れ、ブルージーンズに真っ赤なジャケット。顔は青白く、目の周りは黒い。まるで死人の顔だ。そう、彼は死んだジェームス・ディーンのコスチュームに身を包んだ死神なのだ。コンサート会場を埋め尽くす若者に、死の香りを撒き散らす死の天使なのである。そんな彼を王子さまを見つめるような女の子の眼差しを向けるクリスチーネ。手を伸ばせば憧れの王子さまに触れる事が出来るのに、ただ見つめるだけのクリスチーネ。
エンド・クレジットを含め、劇中3度使用されるナンバー「HEROES」はこの映画の主題歌と言えるだろう。歌詞は1980年代末まで存在したベルリンの壁を歌っているが、その後2001年に世界貿易センターテロ事件で亡くなったNYの消防士を称えるコンサートでもボウイ自身が歌った。その時は歌詞の内容が変化し、たった1日で散っていった英雄たちに捧げるソングに変化していた。又、映画には使用されていないが、「HEROES」のアルバムにはこの「クリスチーネ・F」の世界を予言して歌ったようなナンバー「SONS OF THE SILENT AGE(沈黙の時代の子供たち)」が収録されている。
リリースされたサウンドトラック・アルバムは全9曲。全てボウイの5枚のアルバムからセレクトされている(「STATION TO STATION」のアルバム・ヴァージョンのみ未収録) 。簡単に言えばボウイのベスト・アルバムではあるが、映画を観てから聞くとまるで映画の為にレコーディングされたかのような錯覚を起こす貴重なアルバムなのだ。
ボウイのマニアからは「HEROES」のドイツ語ヴァージョン(歌詞の中間部分がドイツ語)や「STAY(ステイ)」「TVC 15」のシングル・エディット(映画ではアルバム・ヴァージョン)・ヴァージョンを収録しているのも支持された点だ。映画では地獄絵図のようなツォー駅のシーンやサウンドのシーンで流れるインストゥルメンタルの「SENSE OF DOUBT(疑惑)」と「WARSZAWA(ワルシャワの幻想)」が、まるでこの映画のスコアのように見事な効果を上げている。